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インタビュー『MASAYOが語るMASAYO』

——今でこそ瞑想はブームのようになっていますが、MASAYOさんは20年以上も前から瞑想指導をなさっています。これはかなり早いほうですよね。

厳密にいうと、「瞑想を教える」と思って指導し始めたのはここ数年ですね。20年以上前に生き方を指南するようなセミナーを始めたのですが、この頃にやっていたことが瞑想だったんだ、と後から気づいた感じです。おそらく、私はすごく集中力があるほうで、すぐ瞑想状態に入れるタイプなんですね。

——では、瞑想は自身でマスターしたオリジナルということですか?

はい。2017年にネパールにわたってアーユルヴェーダを学んだのですが、その時に、自分の考え方とすごく似ているなと思いました。まったく新しいことを学ぶというより、自分が感じ、実践してきたことを再確認したという感じです。エクササイズとしてのヨガは習ったりしていましたが、瞑想はそれまで特に習ったこともなくて。アーユルヴェーダの瞑想メソッドを知るにつれ、集中している自分は瞑想状態になっているんだと気づかされました。

——瞑想はわかりにくいという声もよく聞きますが、独学でマスターされたということは、素質があったんでしょうね。


2019年に、当時主宰していたスパ(現在はクローズ)にネパールアーユルヴェーダの権威の先生がいらしてくださったんですよ。その際にスキルチェックをやっていただいたんですが、「あなた、アーユルヴェーダを何十年やっているの?」と聞かれ、即座に「AYURVEDIC TECHNICAL INSTRUCTION」というアーユルヴェーダの最高位資格をくださいました。施術の時も瞑想状態に入るのですが、それはとても特殊でスペシャルなことのようです。

——そもそも、なぜ瞑想を始められたのですか?


20代はじめに結婚し、まもなくして子供を授かり育児がスタートしました。その傍らで化粧品販売のしごとをしていたのですが、ある日、些細な出来事をきっかけに“チャクラが開いた”という瞬間があったんです。その時からいろいろなものが見えるし聞こえるし、夜も眠れなくなりました。
子育て中なのにそんな能力はいらないといろんな宗教家の先生にもご相談したのですが、まったく変化がなかったんですね。なんとかしたいと試行錯誤しているうちにたどり着いたのが、現在の黄金瞑想の原型でした。

——コントロールできなかった時期は、ずいぶん大変だったんですね。


大きなエネルギーを感じることはできるのですが、バランスが取れなかったんです。こんな力はいらないと聞こえない、見えないふりをしていた時期も5年くらいありました。ただ、夫が始めたコンサルタント業を手伝うようになった時に、言霊も出る、舞える、ビジョンがクリアに見えるという能力が皆様の役に立つのだと気づいたんです。また、日々の淡々とした瑣末事をきちんとこなすうちに、地に足がつくといいますか、コントロールできるようになったんです。

——そういった能力は生まれながらに備わっているという方もいますが、MASAYOさんの場合は、ある日突然始まったと。幼い頃から不思議な体験をしていた、能力があったというわけではないのですね。


はい。お寺への出入りは多い幼少期でしたし、屋根裏に白蛇がいるから商売が繁盛している、と言われるような家ではありました。自分の世界に浸りがちな子供でいじめられた時期もありますが、その頃に不思議な力があったわけではありません。破天荒な部分はありましたが、マイペースで幸せな子供時代だったと思います。

——6人兄弟で、お父様からは「跡取りは正代だ」と言われていたとか。


おとなしい兄たちに比べて活発だったようで、「お前が男だったらよかったのに」と言われることは多かったですね。自分の世界観にどっぷりで、ずば抜けて良かったのは体育くらい(笑)。中学の途中からは勉強が面白くなったのですが、結局、大学には進学せず化粧品営業の仕事をスタートさせました。仕事をしながらもダンスを習ったりディスコに通ったりしてましたね。

——ご結婚されてからも波乱万丈だったそうですね。


結婚後、すぐに生まれた長男がとても体が弱かったんですね。5歳の時に不慮の事故で亡くなってしまったのですが、その少し前から、息子が天に還ろうとしている感覚があったんです。毎日一緒に海に行ってたっぷり遊んでいた息子に、仕事の相談をしたら「やるといいよ」と言われたのも、何かの暗示だったのかもしれません。

——チャクラが開いたと感じたのは、その後なんですね。


はい。すでに3児の母となっていたのですが、「とても子育てなどできない」と両親に育児を手伝ってもらったのを覚えています。ピアノの上に白い狐が見えたり、この本を読みなさいという声が聞こえたりしていたんです。

——そこから試行錯誤を経て、今のような瞑想にたどり着くまではさぞや大変だったのではないでしょうか。


ただ、私にとっては集中すること、育てることはさほど難しくはなかったんです。セミナーを開いてみると、皆さん瞑想がなかなかできないし、内側に入ることができない人がほとんどなのだとよくわかりました。でも、その状態では、自分の人生なのに人からもらった答えで生きているようなもの。慌ただしい都会に生きている人にこそ自分の内側を見つめるメソッドが必要だと思って編み出したのが、黄金瞑想です。

——瞑想と平行して、お花や書といったアートも手がけられていますね。


書は始めて12年くらい、お花は10年くらいになります。最初は興味本位だったのですが、筆や花を通じて自分のパワーを表現できるのが面白いですね。自分の持っている空気感を形にするのがアートだと思っています。

——そういったアートに、インフィニティー・パフォーマンスも含められるのでしょうか。


はい。以前主宰していたサロンで行っていたトリートメントもアートですし、瞑想も、舞も
アートです。人生という“自分を知る旅”の中で、たくさんの人を助けていければと思います、
これまでに瞑想を指導した方は延べで1万人くらいになるのではないでしょうか。

——瞑想は、祈りのようなものでもあるのですね。


私は祈りが得意なので、ビジョンをクリアにするお手伝いが向いているんです。よく、皆さんに希望を書いていただくのですが、努力が足りないというか、祈りが上がらないものって多いんですよ。様々な横槍を払って目標を達成するのが祈りであり、そのお手伝いをするのが瞑想だと思っています。


——そんな瞑想の助けにもなる化粧品のプロデュースもなさっているそうですね。


はい。ネパールを訪れた時に感動したパワーあるお茶や岩塩、チャクラにアプローチする精油などを創っています。その根幹にあるのは、自然の循環に逆らわず、月の満ち欠けのサイクルに従って生きるためのプロダクトを創りたいという思いです。
3億8千万年前の地層から採掘された岩塩は、いわば「ミネラル結晶の化石」。13種の天然ミネラルを豊富に含み、肌や体の酸化を還元したり、めぐりを促して冷えを解消するとのお声をいただいています。
また、ヒマラヤで“黄金のオイル”と呼ばれるプリンセピアオイルをふんだんに入れ込んだエッセンシャルオイルも、スキンケアに、瞑想にとお使いいただけます。ほかにも化粧水やソープ、エッセンスなどがありますが、いずれも素晴らしいスキンケア効果があるだけでなく、その方の本来の美しさに回帰すること、内に秘めた神性や芸術への憧憬を呼び起こすものとして設計しています。

——実に幅広い活躍をなさっているのですね。今後の活動についてはどうお考えですか。


幼い頃から音楽をやりたいという願望があったので、旋律と共に生み出すインフィニティー・パフォーマンスは今後も続けていきます。また、疲れている方、答えが欲しいという方がとても多くていらっしゃるので、黄金瞑想の指導も引き続きやっていきたいですね。人生は、自分を知る旅なのですから。

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